飛鳥から吉野道 聖徳太子時代のお寺に役行者
高取城から吉野へ
途中にお寺へ 500年代
聖徳太子時代 蘇我氏時代は
大阪に大きな古墳群が
インドから仏教が日本へ
藤原氏 不比等の日本書記の
天孫伝説 古事記も似てる
2600年前に 日本の王国誕生は出雲から
大王 大国主の尊は神社で広がっている
三輪山 大和も出雲王国
青銅の刀が大量に発見 北九州から北陸 関西へ
神事を伝えて広がっていったのかも
争いが始まったのは先
秦から徐福が出雲 吉野ヶ里へ
物部氏 神事を伝えている
新羅から百済から福井付近から兵庫 吉備へ
大きな争いは吉備王国が出雲を攻撃
物部王国が出雲を攻撃
大和にいた出雲の一族も出雲を攻撃
ここで国譲り伝説 藤原氏の時代よりも前だが
天照大神は後の方だ
そして蘇我王国 でも倭の五王は平群王国
竹内宿禰を祀られ先祖 神功皇后も
平群神社で祀られているので 北九州に神功皇后は多い
竹内宿禰は魏から八本なはたを持ち帰り
宇佐神宮 八幡神社から始まる
出雲王国の宗像氏 三女神は弁天様 大国主の尊の子
後漢から金印をもらった奴国 福岡に2万人 紀元前57年頃
宇佐神宮にも 豊王国 宮崎にも妻王国
古事記は出雲王国伝説が中心だ
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